日本の窓ガラスクリーニングの歴史は戦争後から約60年、

ブランコ作業の歴史はそれよりも浅く40年程度です。

ビルディングの歴史が古い米国では100年にもなります。

Squeezeが日本に上陸してから50年になりました。

 

●1950年代

最初は雑巾を絞って窓ガラスの汚れを拭くだけでした。

が、外はあまりに危険なので誰もやりたがらず、

命知らずの若者たちが名乗りをあげるようになりました。

 

●1960年代

窓ガラスの汚れをきれいにするために考えられた工夫は、

まず窓ガラスの汚れをタオルで下拭きし、

湿らした別のタオルにみがき粉をまぶせ仕上げ拭きをしました。

 

ちなみに作業時間は8:00〜16:00(実際は14:00)

給料は日当制で1日1000円、月30,000円、

ヘルメットなし。安全ベルトなし。足袋にビーチサンダルが定番の格好でした。

 

●1970年代

戦争後27年過ぎた日本は高度成長でビルが立ち並び、

ビルクリーニングの会社も続々とでき始め、

窓ガラスのクリーニングも専門の会社ができました。

それぞれの安全な方法でゴンドラやブランコの作業が動き始めました。

 

しかし、不確定な安全管理は次々とゴンドラやブランコ作業の墜落事故が発生し、

多くの窓ガラスクリーナーが命を落としました。

 

●1980年代

窓ガラスクリーニングの技術は大きく進歩し、

雑巾やハシゴを使った作業は姿を消し、

代わって登場したのがスクイジーとシャンプーとアルミポールでした。

 

作業効率は大幅に向上してハシゴや脚立の転倒も激減しました。

窓ガラスクリーニングの業界にも協会が誕生し安全教育が普及した頃です。

※続きは次号で掲載します。

 

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